「やはりあれは広川だ」
「とんでもない。やつは死んでいるよ」
「じゃあ、いまのはだれなんだ。定が立てられる」
「たとえばだな、彼は生存中に、みなを驚かそうと計画を立てていた。それがこう
なってあらわれたとか……」
苦しい理屈だった。すぐ反論される。
「しかしねえ、やつには他人をびっくりさせるなんて高級な趣味はなかったよ。そ
れに生存中になんて言ったって、死を予期してなんかいなかったはずだ。まさかあ
んなことになるとはね。かりに予期していたとしたら、注意して死にはしなかった
さ」
べつな者が思いついて、こわごわ言う。
「警察がさぐりを入れているのじゃないかな。それとも、やつの死に不審の念を抱
いた知人が、私立探偵かなにかをやとって調べはじめたのかもしれない。不意をつ
いた巧妙な作戦だ。それにひっかかり、みなは昨夜、それぞれの手抜きをしゃべっ
てしまった。手にのせられた形だな」
その説はみなの不安をかきたてた。そんなことで逮捕されたら、事務所の信用は
いっぺんでなくなってしまう。反論しなければいられない気分だった。
「しかしねえ、あの声はどうなんだ。それに彼の体験、性格、みなそっくりだった
ぜ」
「声は録音がどこかに残っていれば、そっくりに再生できないこともない。体験に
ついては、情報銀行の個人用口座に残っていただろうさ。そのデータと、他の人び
との口座の広川についてのデータを組み合わせ、分析を精密にやれば、性格も再現
できないことは
DSE數學ない」
その説明を聞き、ひとりはうなずく。
「なるほど、そうなると不可能とはいえないな。個人の生存とは、独自の体験情報
、独自の性格、独自の行動、それらの集合のことといえる。それが生存なら、広川
は生存しているということになるな。行動といっても、この場合は声だけだが、電
話での会話という限りにおいては、生存しているのと同じことだ」
生と死の境がコンピューターでぼかされたことに感心している。他の者が言った
。
「おいおい、生と死の意味についての考察をやっている場合じゃないぜ。われわれ
にとっての問題は、どうすべきかだ。かりにいまの方法が可能としても、だれがや
ったのかだ。普通の者には、個人情報をそれだけ集めることはできない。警察や私
立探偵にもできないだろう。万能の鍵でも持っていなければむりだ……」
「ありえないはずだな……」
みなはまた身ぶるいした。昨夜の電話をはじめて聞いた時より、さらにいやな感
じだった。亡霊なら消えるだろう。しかし、亡霊ではなさそうなのだ。目には見え
ないが、どこかに存在している相手なのだ。そいつは死者をよみがえらせ、みなの
弱点をつきとめたのだ。なんのために、だれがそんなことをはじめたのか……。
また電話が鳴った。高声装置がさっきのままなので、会話がみなの耳に入る。広
川の声が言った。