くと、次も出す気になっている」
「でも、プロデューサーが話を決めてきた後だから、出しゃばるのも不味いかなと思いまして・・・・・・」
美奈子はレッドアイを口に含み、ローソクの炎を見つめた。
マルボロを吸い終わった川村は静に灰皿の中で火を消し、美奈子を見た
謝偉業醫生。
「オヤジが先陣を切ると、いつも大袈裟になる」
「プロデューサーは私たちには厳しいけれど、お客様には弱腰ですよね。次は私が先陣を切ります。プロデューサーには引っ込んで貰わないと、すぐに騒ぎが大きくなりますから」
グラスをカウンターの上に置くと、美奈子は胸をつんと出した。
バーテンが差し出したバーボンを一口飲んだ川村は、美奈子の顔を覗き込んだ
「調子に乗るな! 今回の件は、三百円で喜んだ客たちがそのままリピータとして残り、売上が三倍増となった。だから、星野さんの実質的な損害はない。むしろ、お釣が来るくらいの利益だ。お咎めなしになったのも結果オーライなのだ」
「済みません・・・・・・」
美奈子は肩を窄めた。ちょっと天狗になった自分が恥ずかしくなった。世の中、何かからくりがある。いきなりチャラとは可笑しいとは思ったが、川村の話を聞いて納得した
謝偉業醫生。
でも、そうすると、直樹の死は何だったのだろうか。きっかけは、損害賠償の件でクビになったことが半分以上を占めている。大騒ぎにならなければ、直樹はいつものように美奈子の机の向こうで笑顔を零していただろう。沙織にはとても言えない。そう思うと、美奈子は何だか胸が痛くなってきた。
堪らなくなった美奈子はレッドアイを飲み干した。胸のつかえが取れ、気分がすうっとした。山中のこともつかえの一つだった。でも、パイプの詰まりを大きな吸盤で吸い出したように、全てを忘れた。
だんだんと、美奈子の心の中ではそら豆が育つように欲が伸びてきた。一気に畳み込みたい。川村の為に用意した訳ではないが、勝負用の下着を幸いにも身に着けている。黒いTシャツとミニの下には真っ赤な戦闘服を忍ばせていた。チャンスだと、にやりと瞳を動かし、トロイの木馬作戦を思いついた。
「オジさん、次はブラディー・メアリー!」
グラスを右手で持ち上げた美奈子は、にっこりとバーテンを見た。
咄嗟に、川村は美奈子の右手を抑えた。
「おい、お子様はレッドアイにしておけ。メアリーはウォッカベースだから、危ないぞ」
「平気だもん。それに、私は子供じゃない!」
美奈子は頬を膨らませ、川村の顔を睨んだ。
右手を放した川村は不機嫌そうな顔でバーボンを飲んだ
劉芷欣醫生。
「悪かった。そうむきになるな。ちょっと心配しただけだ」
血のように鮮明な赤が踊るグラスが美奈子の前に出された。縁に掛かった黄色いレモンも艶やかだった。
美奈子はメアリーを口にしながら川村の顔を覗いた。
「ねえ、川村さんは彼女いるの?」
「何だ、いきなり」
マルボロを吹かしながら川村は目を丸くし、むせ込んだ。
美奈子は目をそらしながら呟く。
「ただ、聞いただけ。気になるから」
「そんなものはいない」
グラスのバーボンを空けた川村は次を頼んだ。
美奈子はグラスを両手で転がしながらメアリーを見つめた。
「でも、可笑しいな。渚がね、日曜日の新宿でよく川村さんを見かけるって。しかも、若い女子大生と腕を組んでいただって」
「お前らはストーカーか? 日曜くらい俺の自由だろう。それに、渚が見たのは妹だ。しかも、一回だけ。ヤツも小人みたいな彼氏を引きずっていた」
強張った顔で、川村は美奈子を見た。
メアリーをごくっと飲み、美奈子は疑問の声を上げた。
「へ~え、妹さんだったの。随分、年が離れているのね?」
「女子大生は言い過ぎだ。お前と同じくらいの年だ」
バーテンから出されたバーボンに川村は視線を合わせた。
川村の顔を覗き込み、美奈子はひょうきんな顔を作った。
「でも、腕を組むのは怪しくない?」
「何が怪しい。ヤツが勝手に組んできた。ヤツが小学生のとき両親を亡くし、牧場をやっているおじさんの家に預けられ、俺はすぐに東京へ出てしまったから、寂しかったのだろう」
ゆっくりと顔を上げた川村は、正面の棚にあるリキュールのボトルをしんみりと見つめていた。
「私も腕を組んじゃおうっと。一人っ子で、小さい時に父を亡くしたの。潜水艦の事故だったわ・・・・・・。だから、いいでしょう。ずっと寂しかったから」
「おい、よせ。こんな所で恥ずかしいだろう。それに、お前は妹ではない」
川村は慌てて腕を振った。
美奈子は力強く川村の腕にしがみついた。そこで、振り解かれたら、作戦が終わってしまう。後には引けないと、力を搾り出しながら頑張った。小さな胸も擦りつけてみた。全ての気持ちをぶちまけるように、大きな声で川村を見つめた。
「じゃあ、彼女にして! それなら、問題ないでしょう。あちらの二人も幸せそうに、腕を組んでいるから」
「はああ? 何か話が飛躍し過ぎてないか」
川村は固まった。
涙目で、美奈子は川村の黒い瞳の奥を覗き込んだ。
「いいの、お願い。ご褒美に、じさせて。腕を組むだけなら、たいしたことないでしょう。これくらいで、明日からバリバリ働く元気が湧いてくると思えば、会社の為にもなるわ」
「何だか良く分からない。しかし、業績が回復するなら、腕の一本くらいお前に貸してやる。但し、今夜だけだ」
マルボロを深く吸い込むと、川村は天井に煙を吐き出し、薄笑いを浮かべた。
美奈子はメアリーを飲み干しながらにやりとした。第一ステージはクリアした。心の扉は何とかこじ開けた。後は奥へ進むだけ。川村の腕を右手で抱えながら美奈子はほくそ笑んだ。
メアリーの酔いも回り出し、お花畑を彷徨うミツバチのように美奈子は浮き浮きとしてきた。血の味もほど良く、コショウの香りが飲み易さを倍増させた。美奈子は調子に乗り、数杯のメアリーをがぶ飲みし、吸血鬼の女王様の気分を味わった。ご褒美に貰った腕をどうやって味わおうかと考え込んだ。
辺りの暗闇は次第に深まり、川村の顔が回り出した。カウンターの小さなローソクの炎も回転を始め、銀河のように渦巻く宇宙